昔、ある国に、とても気高く美しい女王様がいました。
女王様はまた、とても賢くあらせられたので、近隣の国々を次々に統治下に治めるべく強大な軍隊を備え、圧政に苦しむ小国にはたちまち兵を送り、よりよい国家をはじめから作り直すための大規模な破壊を繰り返すのでした。
そんな素晴らしい女王様の側近たちは、もちろんいつでも女王様の御心のままに従います。
ただ、どんなところにもヘソ曲がりはいるものです。
まれに「平和」という言葉を乱用して女王様に逆らう不届きなやからが現れましたが、たちまち城下の広場に設けられたハリツケ台にくくりつけられ、ヤリで穴だらけにされた死体をさらされました。
それはそうでしょう。女王様はいつでも「平和」のために戦うのです。それに反対するのは、弱虫の臆病者に間違いありません。
臆病者はこの国にふさわしくないのですから。
女王様はまた、とても礼儀正しい淑女であらせられましたから、その日、お付きの侍女が女王様のおやつに、いつもより堅い・・・女王様いわく、岩のように頑丈なビスケットを用意したせいでノドをつまらせ・・・ええ、そうですとも!女王様があわててビスケットをほおばったせいなんてワケでは断じてありません!・・・側近たちの前で、はしたなく泡をふいて目を回すようなことになった時には、その無礼を烈火のごとくお怒りになったこと言うまでもなく、侍女が女王様おんみずからの御刀によりたちまち首を切られたのは当然のことでしょう。
もっとも、女王様付きの侍女はそれまでにもう15人、その娘を入れて16人お手討ちになっっていましたが。
まったく近頃の若い娘どものシツケのなさと言ったら!
そこで急遽、また新しい侍女が選ばれました。城下で評判のいい薬師の、そのひとり娘。
城の従者がうやうやしく娘を連れにきたとき、薬師は、あまりの栄誉に感涙し三日三晩泣きどおし、その嘆き声は三つの山を越えた先の森に住むカラスの耳にも届いたとか。
さて、この娘。なかなかに要領よく仕事をこなし、なんと年季の3年が、あと3日で明けるというときにまでなったのです。
あと3日で家に帰れる・・・娘は、夜も更けてようやく粗末なせまい部屋に戻り、荒れてささくれた小さな手をそっとあわせて、窓辺から身を乗り出しおぼろな半月をあおぎ見ました。たった一人の肉親である父親の面影を思い出して、やつれてもなおすべらかで美しい顔をほころばせました。
しかし、皆さん。世に「魔がさす」という言葉があります。物事が万事うまくいっている時こそ“魔”はつけ入るのだという先人の教えです。
その朝、城に家臣たちの怒号と、侍女たちの悲鳴があがりました。
なんと、女王様が以前に占領したはるか小国の邪悪な反逆者が、巨大なガン(鳥)にまたがって飛んできて、城壁に突っ込んできたのです。
あまりに突然の悲劇に、人々は泣き叫び、右往左往する他なすすべがありません。
反逆者は、ガンをあやつり城内を飛び回り、女王様のおわす大広間にやってきました。
「滅ぼされた一族の恨み!」飛び降りざまに剣を抜き、玉座に襲い掛かります。
女王様はすっくと立ち上がり、応戦しました。おりしも窓から差し込んだ朝日に双方の刃がまぶしくきらめき、家臣らが思わず目をそらした瞬間・・・
「おのれ!無念」
反逆者は断末魔の悲鳴をあげて、バッタリ倒れました。じゅうたんにたちまち血が広がりました。
巨鳥は素早く飛び去ってしまい、家臣らはようやく安堵して、女王様の足元にひれ伏しました。
「ご無事で何より・・・」
顔を上げた大臣の声が凍りつきました。
気高く、美しく、礼儀正しい淑女であらせられるところの女王様の、その聡明な切れ長の灰色の双眸が、おびただしい血を帯びて真っ赤に濡れているのです。「そのお目は・・・!?」
女王様は、白目までも真っ赤に染まった瞳を平然と見開いて言いました。
「返り血を浴びたまで。騒ぐな腰抜け!」そして、そこにもベットリ血糊のついた刃の切っ先を大臣の鼻先に突きつけると、
「この私に逆恨みする愚かな反逆者を手引きした裏切り者がいるはず。そうでなければ、これほどたやすく踏み入れられるものか!」
大臣は震え上がって、家臣全員に命じてたちまち城内の探索をはじめました。
まず最初に向かったのは、賊が突入した女王様付きの侍女の寝所。
ぶち破られた壁の前に集まった従者が口々に証言しました。
「そういえば、あの娘は毎晩きまって窓から外をのぞいていたなあ」
「あれこそが賊への合図だったのでは?」
なんということでしょう。あの愛らしく働き者の薬師の娘を疑うなんて!
このオッチョコチョイでおしゃべりな従者たちがそろって賊の祖国と同じ地方の出身であり、この直後にこっそりと城から去ってしまったことは、その後も誰も気付くことはありませんでした。
そんなことより、一刻も早く裏切り者を差し出さなければ、家臣たちの身が危なかったのですから。
大臣は、太った体をゆすらせて、女王様のもとに報告に急ぎました。
女王様は赤い目を光らせました。
あわれ、無実の娘はたちまちに切り捨てられ、金色の柔らかい髪に包まれた小さな頭は、大臣のつま先に転がり落ちました。
その夢見るような大きな緑色の美しい瞳は、まだもの問いたげにあどけなく見開いていたそうです。
さて、ひとまず溜飲のさがった女王様でしたが、その瞳は血色に染まったまま。
3日たっても治らず、この間に宮中おかかえの医者3人がハリツケに処せられることになりましたが・・・。
3日後の朝、城下で名高いあの薬師が城を訪れました。
「恐れながら。わたくしめが女王様のお目を治してご覧にいれましょう」
女王様は、目を閉じても視界が一面真っ赤に見えるので、眠ることすらできず、さすがに弱り果てていましたから、薬師に治療を命じました。
その治療とは・・・
女王様の瞳を取り出して、亡くなった娘の瞳を代わりにはめ込むことだったのです。
移植が無事に終わった女王様は、玉座にゆったり身を沈め、薬師のさしだした鏡に映ったお顔を満足げにご覧になりました。
死んだ薬師の娘は、たしかに類まれな宝石のような美しい瞳を持っていましたから、それは、女王様の気高い美貌をいっそう輝かせる効果があったのです。
女王様は、用なしになった血色の瞳を靴底で踏み潰しておしまいになりました。
そして、ますますうっとりと鏡に魅入られておりますと、やがて、ふいに、瞳の奥のほうになにやらむずがゆさを感じられました。
「ええ、その目玉には特別の処方をほどこしてありますゆえ・・・」
薬師はにたりと笑いました。
かゆみはどんどんひどくなり、しかも範囲が広がっていきます。女王様はたまらず顔中をかきむしりました。
ぶちゅっ・・・
いやな音がして、あの美しい双眸が破裂しました。
そして、その奥からずるずると、無数の小さな細長い虫が這いずり出してきました。
薬師が亡き娘の瞳にふりかけておいた秘薬・・・乾燥した寄生虫の卵が孵化したのです。
「ああ、女王様にふさわしいお姿だ」
薬師の狂った哄笑が響きわたる間もなく、たちまち増殖した虫たちは宮廷中の人を、物を、あっという間に覆いつくし、1日で国中のすべてをなくしてしまいました。
だから、このお話もここでおしまいです。 END
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