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 ボックスのタイトル : 真夜中の童話
 題名 : 夢六夜

一夜 蝶

 

気がつくと暗闇に立ち尽くしていた。

周囲にただよう「わずかながら」も「圧倒的」な気配を感じる。

 

「わずかながら」と感じたのはそれらがとても小さな個体であり、「圧倒的」と感じたのは、それらが膨大な数そこに存在したから。

 

はだしの足元の周囲から果てしなく続く広い闇を構成する空間の地面の一面にぎっしりとすきまなく存在したから。

それは、こげ茶色の蝶の群れだった。

地面に張り付いてかすかな羽音をふるわせて、にくらしいほどに存在をアピールしている。

 

わたしは、蝶や蛾の類がまったくダメだ。

生理的に嫌悪する。

 

いつから立ち尽くしていたのか、ふいにすさまじい疲労感が、膝をふるわせる。いや、原因は疲労感だけではないが。

 

倒れたら、わたしの体は蝶の大群の中に埋もれるだろう。

 

この手、顔すべてにヤツらの鱗粉がへばりつくだろう。鼻くうから口から耳から目からバサつく羽虫の粉が入り込んであらゆる粘膜にこびりついて気が狂うだろうか。

気が狂ってしまえたらいっそラクだろう。

立ったまま気を失ってしまうのが一番望ましいが、そううまくはいくまい。

 

正常な意識を保ったまま崩れ落ちることが一番恐ろしい。

ああ、いっそ、舌でも噛み切ってしまおうか。

しかし、死に損なったら本当にことだ。

そのうえ気が狂うことすらできなかったら?

 

目覚めるまでずっと立ち尽くしていた。

 

 

二夜 幽霊

 

夜明け前にアレを買いに行かなきゃならない。

家を出ると玄関先に女の幽霊が立っていた。たたずんでいた。

 

とても古典的な白い着物を着た長い髪の女だった。

 

私にアレをくれようと待っていた。

 

不快だった。

幽霊のアレは見かけばかりで使えないと聞く。

私は、完全に見えないフリを決め込んで、彼女の脇をすり抜け、駐車場に向かった。

背後にとても落胆した「気配」を感じた。

 

バックミラーをのぞくと、彼女は別の人にアレを差し出していた。その人がそれを受け取ったのでとても満足した様子に見えた。

私は救われた気分になった。

少し、胸の痛みは残っていたが。

 

 

三夜  鏡

 

鏡をのぞくと私はひからびたミイラで、松かさのようになった自分の顔の皮膚をやけくそになってポロポロとかきむしっていた。

「とりかえしがつかない」耳元で誰かが早口でささやいた。

 

 

四夜 「共依存」

 

母は食器棚にぎゅうぎゅうに華奢なグラスを飾り立てては月に1,2度の頻度で誤って割ってしまうということを繰り返している。

わたしは事あるごとにいさめたが、母はまた新しいグラスを仕入れてきては棚に詰め込む。

不安定なグラスの群れに恐怖が高まったわたしは、巨大なホースで放水して(もちろん周囲には一滴もこぼさないように巧みに)棚の中をぐしゃぐしゃにする。

誰かが耳元で言った。

「とりかえしがつかない」

 

 

五夜 センターライン

 

いつもの通勤路。

国道に続くバイパスを急ぐ。まわりに他の車は一台も見当たらない。

朝もやがかかって視界が不安定な前方に、行く手を阻む2つの物体が見え出した。

 

あわててブレーキを踏む。

 

センターラインをはさんで巨大なゴミ袋がひとつづつ放置してある。

向かって右は黒いゴミ袋。

左に半透明のゴミ袋。

これでは車が通れないではないか。

しかたなくひんやりとした冷気の中に足を踏み出す。

2つのゴミに近寄ると、それらがもぞもぞとうごめいているのにようやく気付いて、ぎょっとする。

 

半透明の方のゴミ袋の中身がうっすらと透けて見えた。

 

クマだ。

 

白いクマが閉じ込められてもがいているのだ。

ということは、もうひとつのゴミは黒クマだ。間違いない。かわいそうに。

 

どうしたらいい?

 

わたし一人では道路の脇にどかすことは不可能だ。

だったら袋を破って出してあげようか?

いや。あのうなり声。

彼らはあまりに空腹だから、外に飛び出たと同時にわたしを食べてしまうだろう。

理性を完全に失っているからだ。

空腹でなければ、私に感謝するはずだが、危険な賭けだ。

 

どうしたらいい?

どうしたらいい?

 

 

六夜  雪女

 

尿意を覚えて目を覚ますと、右側に雪女が寝ていた。

わたしと目が合った。

わたしはとっさに哀れみを誘おうと

「あなたに殺されてもしかたないです」と訴えた。

正直、面倒くさかったせいもある。

雪女は気付かないフリをして、背中を向けた。寝返りを打っただけかも知れないが、彼女のハートが暖まると彼女はとけて死んでしまうのだとわたしはおもった。

 

しかし、それは仕方ないことだ。

そんなことより、こうして身じろぎもせず尿意をこらえていなくてはならないことがたまらず、わたしは彼女にいわれのない怒りを覚えそのような自分に嫌悪感を感じる自分をいとしく感じる自分を恥ずかしく感じる自分をいとおしく・・・。

 

 

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