春まだ浅き昼下がり。
オフィス街の片隅の古い雑居ビル。
その一角の小さなオフィスで、ヤマダサトミは、しかめっつらでパソコンをにらんでいた。
無料の占いサイトを片っ端から検索して閲覧しているが、なんだか悪い運勢ばかり。
恋愛・・・望みなし。あきらめが肝心。
金銭運・・・衝動買いで後悔する。キャッチセールスに注意。
総体運・・・人生始まって以来の凶運月。
やってらんない。
このままじゃ気分が悪いと、別のサイトを開いた。
どうせ社長以下3人きりの男性社員は、得意先回りで夕方まで戻らない。
ただ一人の同僚OLは、親戚の法事で欠勤している。
不景気で注文がないから、入力する伝票もないし。要するにヒマなのだ。
しかし、東洋易学とインド秘術と西洋占星術などなどをミックスしたという霊験あらたかなその占いも結果は最悪だった。
“このうえない災難がふりかかるでしょう。”
むしろ今まで以上に物騒なご託宣の横に、かわいらしい天使の画像が笑っている。両手にリボンのついた青い箱を抱えたポーズ。
箱には「?」マークが付いている。
何気なくマウスを動かしマークをクリックしてみた。すると、別のウインドウが開いた。
『あなたの今日の運勢はサイアクです。』
『凶運を削除する“ラッキー・プログラム”を無料でダウンロード』
天使が白い羽をパタパタさせながら、メッセージを指差している。
怪しすぎるなあ〜
と、さすがのサトミも警戒した。が、一瞬のちゅうちょの後には、“ダウンロードする”の文字をクリックしていた。
万が一タチの悪いウイルスを送り込まれたり厄介なトラブルになっても、しょせん会社のだし。
文句を言うヤツもいないだろう。零細企業のOLの社内権力は、あなどれないのだ。
なにより、好奇心に勝てない。
ダウンロードには2分ほどかかった。
デスクトップに出現したハート型のアイコンをさっそく開く。
『“ラッキー・プログラム”とは、世界中の全ての人の運勢をコントロールできる画期的なシステムです。対象を選択してください。』
「・・・なにこれ?」
説明の下に、世界地図のグラフィックがある。
とりあえず日本の画像をクリックしてみた。次に都道府県、市町村・・・と選択項目をどんどん絞り込んでいく。
やがて、「ヤマダサトミ」の名前がピックアップされた。
サトミは目をむいた。
名前の横に、色分けした円グラフが表示された。
青色の領域が『幸運』、灰色の領域が『凶運』となっている。
それによれば現時点のサトミの幸運の比率は、総体運の13パーセント。
たったの13パーセント。青色が一本の線になってしまっていて、残る77パーセントの面積が灰色で埋め尽くされているのだ。
そりゃ、いくら占ってもムダってものだ。
サトミはため息をついた。
が、すぐに顔を輝かせた。
すごい。このプログラムにはあらゆる人の運勢がインプットされていて、その吉凶を自由に調整できるというのか。
気に入らないセクハラ社長だって、見知らぬ遠い国の王様だって、あたしのマウス操作ひとつで不幸のどん底に突き落とすことができるのだ。
なんてすてき!
でも、まずはあたし自身の幸運値を上げなきゃ。
円グラフの『幸運』と『凶運』の境界線をドラッグし、青色の領域を増やそうとしかけて、ふと思いついた。
あたしの『運勢』の総量は「431」という数値で示されている。
試しにヨウコのを検索してみたら、総量「869」。ちなみに幸運値と凶運値はほぼ半々。
ちょっと待ってよ。これじゃ、あたしの幸運値をフルに上げても、ヨウコの総体運勢の量の半分にもならないってこと?
不公平じゃない。
どうにか自分の運勢の容量をアップできないものか。
ものは試しと、ヨウコの円グラフの上でマウスを右クリックすると、『切り取り』というコマンドを発見した。
どうやら『運勢』は、切り取った分だけ他人に“貼り付け”ることができるようだ。
なんて便利!
「そうだ。どうせだったら」
プログラムの最初の画面に戻って、世界地図を全てドラッグした。そして『選択した範囲すべて』を抽出し、『幸運』と『凶運』のうち、前者をクリック。
『数値の指定方法』は、“数”ではなくて、“パーセント”を選択した。
世界中の全ての人の「0.0001パーセント」づつの幸運を『切り取り』、自分のに『貼り付け』するのだ。
かぼそい青い線も描けないごく少量づつの運勢ならば、分けてもらっても困りやしないはずだ。
せいぜいクシャミのひとつでも出るくらいだろう。
サトミの円グラフはたちまち青色で埋まり、総体運勢の数値も、みるみるケタが上がっていく。
「やった!」あたしって天才。
興奮で白い頬が上気した。
だが、次の瞬間、モニターの全面が赤色で埋まった。
まがまがしい真紅の色が、サトミの瞳に反射した。
時を同じくして、世界中に存在した全ての核兵器が、残らずいっせいに発射された。
そう。この星は、全人類の一万分の一の幸運にかろうじて支えられ、ぎりぎりの均衡を保ってきたのだ。
せいぜいクシャミひとつほどであっけなく崩れる程度の、奇跡的なバランスを。
春まだ浅き、昼下がり。
END
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